Complete text -- "#556.隅田川七福神巡り? −補遺・東京防災拠点−"

13 May

#556.隅田川七福神巡り? −補遺・東京防災拠点−

東白髭公園一帯は東京防災拠点でもある。前回でも述べたとおり、この地域は水害に悩まされていたが、それ以上に被害甚大だったのが火災だ。特に震災と戦災では、実に多くの人々が死にあるいは傷つき、汗の結晶のわずかな財産も灰燼に帰した。そして歴史を辿れば、いくつかの大江戸の大火をも思い出さずにはいられないだろう。

そこで、まず橋が架けられた。水神大橋と千住汐入大橋だ。隅田川には橋がたくさん架けられていて、山手線ゲームのお題にも相応しいほどだが、白髭橋から千住大橋の間にはつい最近まで橋はなかった。1989年歩行者用として水神大橋が架けられ、1996年には自動車も通れる大きな橋に架け代えられた。次いで2006年、その上流に千住汐入大橋が架けられた。名前の由来は、元々「水神の渡し」、「汐入の渡し」あったからであるが、水神大橋は隅田川神社に由来する「水神宮」の意味合いも強い。こうして避難路や救援・補給路ができた訳だ。

その次は、隅田川の両側に広がる緩衝地帯だ。東白髭公園の対岸には都立汐入公園がある。災害時の避難場所にもなる。江戸時代、明暦の大火後に江戸市中に造られた火除地(ひよけち)に相当するものだろう。これに加え、さらに大きな防壁が設けられた。それが墨堤通り沿いに連なった13階建ての高層集合住宅群だ。この集合住宅は防火設備に優れ、墨田区が提唱している「逃げなくても安全な街」をめざしたものになっているそうだ。という訳で安全は結構だが、この公園内は新たな木造の建築物は許可されないそうだ。歴史的興味のつきない街だが、新たな史跡の復刻などがコンクリートになってしまうのかと思うと複雑な気持ちだ。

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左は水神大橋。東京はどこも道路が混んでいるので、避難・救援用の道路でも普段は幹線道路だ。右は東白髭公園の様子。纏は防災のシンボルだ。後方の防壁となる高層集合住宅は、1キロ半にもわたって連なっている。


16:55:59 | datesui | |
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