Archive for 25 March 2008

25 March

#374.深川七福神? −補遺−

七福神のある寺社は大きくはないが、その例外が富岡八幡宮だ。「神輿(みこし)深川、山車(だし)神田、だだっ広いのが山王さん」と言われる江戸三大祭りのひとつに数えられ、今でも3年一度、54基の神輿を連ねた壮大な渡御が行われる。今回の深川七福神巡りはこの富岡八幡宮が終着駅になった訳だが、さすがに大神社、境内には本殿や恵比須様の他に、佐川急便が寄贈した本社の大神輿を始め木場の角乗りの碑など見るモノがたくさんある。

まずは本殿の裏手にある「横綱力士碑」で、これはかなりポピュラーな存在になり、各種のガイド本の常連だ。碑の裏側には初代の明石から横綱の名前が刻してあるが、最近は外人横綱ばかりだ。横綱碑はよく知られているが、実は大関の碑もある。横綱になった大関は除外しているらしく魁皇などは名前がない。まだ見込みがあると思われているようだ。

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最近の横綱の名前を見ると、勢力がハワイからモンゴルに移っているようだ。右は大関の碑だが、どうも大関止まりの碑のように思えてしまう。

境内の西側に「力持碑」なる一見何だかわかりにくい碑がある。よく見ると、力持ち自慢が持ち上げたと思われる石が奉納されているのだ。中村の某が持ち上げたのだろうか、55貫もある石が奉納されていた。電卓を叩いてみると207kgだ。ウエイトリフティングのジャークでも200kgを超えるのは相当重いクラスだ。見れば丸っこい石なので、どのように持ち上げたのだろうか。なにしろコチトラ生まれついての力不自慢なので、足の上でも落とさぬものかと心配になったりするのだ。

もう一つ、伊能忠敬の像だ。忠敬は50歳で家督を譲り測量の行脚に向かうのだが、成功祈願のお参りをしたのが、この富岡八幡宮だったそうだ。10年余にわたる測量で、その健脚は4万4千kmを踏破したと伝えられている。

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左が力持碑。こんな持ちにくい石をどうやって持ち上げたのだろう。右は伊能忠敬像だが、右側に深川めしの茶屋がるので「行脚の弁当に深川めし」という雰囲気だ。

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