07 August

#583.再開します。

7月の初頭からパソコンの具合が悪く、困り果てました。
原因はビデオカードの不良で出力にノイズが入るため、画面は雨が降ったように汚れて文字などはほとんど読めず、なにしろWindowsが立ち上がりません。わずかにセーブモードがたまに立ち上がるときに、やっと読める字でメールを確認したりしていました。これではどうにもならないので、わがパソコンの師に相談をしたところ、わが師直々に早速メーカーのDELLへ問い合わせてみていただきけることになりました。すると、DELLからディスプレイが送られてきました。取り替えましたが、それでも改善しません。
事態はさらに深刻になり、セーブモードも立ち上がらなくなってしまったとき、DELLの技術者が拙宅に現れました。突然の雨でずぶ濡れになっての登場でしたが見事に治り、ノイズの全くないDELLの表示が現れました。いや〜、嬉しかった。それにしても3週間ぶりの完全な画面には、懐かしささえ込み上げてきました。


18:06:34 | datesui | No comments |

22 June

#579.日本の豊な感性

卯の花の  匂う垣根に
時鳥  早も来鳴きて
忍音もらす  夏は来ぬ

という歌があるが、佐々木信綱の作詞による『夏は来ぬ』で、皆さんもご存じだろう。夏の風物詩を読みこんだ歌で、小さいころから口ずさんできた。今、この歌の歌詞を噛みしめてみると、全く意味がわからないまま歌っていたことに気づいた。

まず、卯の花だ。生まれてこのかた、ほとんど東京の下町で暮らしてきたこともあり、木々や鳥などの自然物には本物に触れる機会が少なかったので、卯の花を見たのはつい数年前のことだった。それまで卯の花は名前のイメージから豆腐のおからのような形をしているものと思いこみ、見てはいるのだが認識はできていなかった。ある日のテレビで卯の花が映し出され、そこで初めて卯の花を知ることになった。そこで初めて、近所で卯の花を発見することができたのだ。

時鳥はホトトギスと読む。ホトトギスは時鳥の他に、不如帰、杜鵑、子規など多くの漢字表記や異名が多い。歌詞では耳で覚えたこともあり、音楽の教科書の歌詞は音符の下にひらがなで書かれていたので、難しい字を読む必要はなかった。だが、これも姿を見たこともなければ鳴き声を聞いたこともない。俳句や百人一首やなどでホトトギスはよく登場するし、明治の文豪の文章にも季節の表現として実によく現われる。これなのにホトトギス知らずでは本当にマズいのだ。

最後に夏は来ぬの「来ぬ」だ。夏が来ないものと思っていたら、来たということらしい。「ぬ」は文語で、完了の助動詞とのことらしい。これも音楽の先生がわざわざ説明してくれたのだが、そのときは「へえ〜」で終わってしまったと思う。

とにかくこんな具合で、「早も来鳴きて」や「忍び音」なんかも詳しい意味は当然わからなかったはずだ。でも、早も来鳴きてはわかるかも知れないが、忍び音は何だろう。ホトトギスの鳴き方をいうのだという。すると、どうしても鳴き声も聞いておかなくてはいけないようだ。実は同じように卯の花も姿や形が重要なのではなく、ここでは匂いなのだ。残念ながら、これは今もわからない。

夏を詠んだ歌詞だが、見た目だけのことではなく匂いと鳴き声の詩だったのだ。夏の訪れを花が咲き、鳥が飛ぶことでもわかるが、匂いや鳴き声という視覚からさらに踏み込んだ感性を働かせるところがこの歌詞の醍醐味だ。これと同じように春の歌で『朧月夜』があるが、優れた視覚的表現に加えて、「匂い淡し」、「カワズの鳴くね」という嗅覚や聴覚の表現も忘れていない。

テレビやディプレイなどの映像文化に頼りきりになると、五感への広がりが鈍くなるような気がする。とかく、見てわかればそれで安心してしまうが、この機会に、匂いは、音は、味は、感触はということにも意識を払ってみようと思う。


23:45:00 | datesui | No comments |

01 June

#566.リズムとテンポ

この前、優れた書き出しとして挙げた5つの作品は共通して心地よいリズム感がある。中でも平家物語は特にリズミカルな口調が優れていたので特記しておいたが、他の作品も卓越したリズム感があることは明白だ。漢文を含め、古典には何とも言えない気持ちの良いリズムがあり、声に出せばよりリズム感やテンポの素晴らしさが体感できるというものだ。その最たるものは『太平記』だろう。

落花の雪に踏み迷う、交野の春の桜狩り、紅葉の錦を着て帰る、嵐の山の秋の暮、・・
という名調子で始まり最後までこの調子だ。ところが名調子は良いのだが、肝心の中味がないのが困ったところで、この前のところでは候補として挙げにくくボツになった。

今の世ならばフーテンの寅さんの名セリフが太平記に通ずるものと考えたい。「結構毛だらけ、猫灰だらけ」、「蟻が鯛なら芋虫ャ鯨」、「大したもんだよ田螺の小便、見上げたもんだよ屋根屋のフンドシ」というものだが、リズム感やテンポの良さだけを狙うようになると、「さらさら流れるお茶の水、粋な姉ちゃん立ちしょんべん」とまあ、意味も不明なら品もなくなってしまう。

リズム感を高めるために形式が整えられ、これが決まったリズムとしての約束事になる。こうして、まず和歌が、そして連歌、俳句が順次発展的につくられたのだろう。漢文の世界でも唐代に現れた五言や七言の絶句や律詩という新体詩もやはり同じようなリズムを楽しむ約束事として発達定式化したものだろう。


16:59:32 | datesui | No comments |

27 May

#563.さすがの書き出し

書き出しについて述べてみたが、古典の名作にはさすがと言わせる書き出しが多い。思いつく有名な作品を少しあげてみる。

? 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理を表す。
? 春は曙。やうやう白くなりゆく、山際少し明りて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。
? いづれの御時にか、女御更衣あまた候ひ給ひける中に、いとやむごとなききはにはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり。
? 行く川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず。
? 月日は百代の過客にして行きかふ年も又旅人なり。

ご承知のものが多いと思われる。どれをとっても、齋藤孝の『声に出して読みたい日本語』に出てきそうなものばかりで、毎日のように口ずさんでもいいものだらけだ。
まず、?は平家物語だが、何と言っても格調の高さは抜群で、他の追随を許さないものがある。内容、語彙の選択、そして見事なリズム感。完璧な書き出しだろう。この格調の高さだが、戦記ものであるのでチャンチャンバラバラは当然、色恋沙汰もある中で、最後に大原行幸のところで建礼門院と後白河法皇が重苦しい会話をするところで結末をつけているのは見事だ。相当な知恵の集まりがあったものと思われる。
?は清少納言の枕草子だ。いかにも幕開けという演出が憎い。リヒャルト・シュトラウスの『ツァラトゥストラはこう語った』を思い出せるようだ。
?は言わずと知れた紫式部の源氏物語だ。あの長い作品も意外と平静な一文から始まっているのだが、この文も上下関係を無視した天皇の振舞いが述べられており、行く先の不安を呈しているのだ。源氏の過ちは柏木によって繰返され、源氏は加害者と被害者の双方の立場を味わうことになる。
?は鴨長明の『方丈記』だ。ただ全編を読んでいないので大したことは言えないが、ずうっとこんな調子で最後まで進んで、ただ悩んでいるだけという感じである。無常観と言われるが、無力感を感じてしまう。だが、この書き出しはそれを超えて素晴らしい。
?は松尾芭蕉の『奥の細道』で、これも格調が高く、しかも人生は旅というコンセプトも織り込んである。李白に『春夜桃李園に宴するの序』という小品があるが、その冒頭に「それ天地は万物の逆旅(げきりょ:旅館)にして、光陰は百代の過客なり」というくだりがあり、影響が窺える。源氏物語でも直接表現を避け「いづれの御時」としているが、日本に最も影響のあった白居易の『長恨歌』でも時の皇帝は唐の玄宗であったものを「漢皇」としている。最も影響を受けやすいのが書き出しの部分かもしれない。


11:45:40 | datesui | 2 comments |

25 May

#562.人並みの苦労

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」という川端康成の名作『雪国』の冒頭はあまりにも有名だ。このように名作の冒頭はさすがと思わせるものがあり、読者を入口でしっかりつかまえてしまうようだ。ところが読み出しがいくら良くても読み進むことが難しい作品もある。「木曾路はすべて山の中である。」という書き出しで始まるのは島崎藤村の『夜明け前』だが、この簡明さとは裏腹にこの小説は重厚な文体で、暗く湿った雰囲気が長く続くのである。正直言って、辛くて読むのが嫌になる。何度かトライをしてみたが、未だに読破できない作品のひとつになっている。でも、『夜明け前』にあの冒頭がなかったらどうだろう、だれも見向きもせずに文学史にも残らない作品で終わってしまったのではないかと考えてしまう。

文章を書くとき最大の苦労は書き出しだ。こんな小さなブログの文を書くにも結構大変な思いをしているのだ。最初の三行、これが決まれば、何とか書き進めるのだ。世の作家の先生方も、ひょっとしたら同じような苦労をしていたに違いないと思われる。構想も練られ、登場人物の特徴も設定され、あとは書くだけになっても、最初の背中押しがないと作品の制作に取り掛かれなかっただろう。

PS:『雪国』の冒頭、国境は「くにざかい」と読むそうだ。お恥ずかしいことだが、ずーっと間違ったままの読み方をしていた。

23:41:13 | datesui | No comments |