Complete text -- "#125.大切にするもの"
07 August
#125.大切にするもの
アメリカの先住民族に「イロコイ族」という部族がいる。「色恋」とはなんと魅力的な名前だが、これからお話する部族の価値観も粋でカッコいい。イロコイ族は北アメリカの五大湖沿岸に勢力を張る有力な先住民だった。白人の迫害が強くなり、19世の初頭にはその存亡さえ危うくなった。そのときのイロコイ族のとった方策は、語り部の女性を真っ先に逃がすことだった。民族のアイデンティティである歴史を守ることがイロコイ族の価値観であった訳で、なんという素晴らしいことだと思った。
その語り部の女性の5代孫にあたる女性が、その語り継がれた口述の内容を文字に書き起し、本として出版された。その著書は邦訳され『一万年の旅路』と題され書店に並んだ。3年程前、新宿の紀伊国屋書店で見かけて手にとってみたが、500ページはあろうかズシリと重く、まさに一万年の歴史を感じた。パラパラと頁をめっくてみると、ユーラシアを横断してベーリング海峡を渡り、それは艱難辛苦、大変な旅を続けやっと五大湖沿岸に安住の地をえたのである。だがそこも、地球上最大の蛮族、白人の侵略にあうことになる。立ち読みの本を閉じたとき、表紙に記された原題に眼が行った。「Walking People」とあり、まだ歩きつづけていて止まっていないのだ。民族自体の存続はもとより、固有の文化の継承と発展を今後も続けていく意志が感じられる。民族の遺産を引き継ぎ次世代に伝えることを最重要な価値観としたイロコイ族の英知を大いに学びたい。
ヘーゲルなどの近代ヨーロッパの識者は口述の歴史を評価せず、サハラ以南のアフリカを歴史のない民族と蔑視した。しかし、口述の歴史ほど民族の存在と固有の文化を、血の通ったものとして伝えるものはないだろう。現在の私たちは文字化された歴史の所有で安心したか、自分たちのアイデンティティさえ見失いかけているのではなかろうか。
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