Archive for 01 May 2006

01 May

#54.ノイシュバンシュタイン城

ドイツの旅のクライマックス、ノイシュバンシュタイン城の見物はミュンヘンからの出発になった。ミュンヘンはバイエルン王国の首都で、ノイシュバンシュタイン城はそのバイエルン国王ルートヴィヒ2世が建てた城だ。この日は大変な雨で気分も少し重めだったが、恐らくルートヴヒも昼間は鬱気味だったのだろう。雨の車窓を眺めながらルートヴィヒのことを考えてみた。
19世紀の後半、世界史は回転速度を上げ風雲急を告げる事態になった。それなのにバイエルン国王ルートヴィヒ2世は北欧神話の世界に浸っていた。ドイツ連邦のNO.2構成国であるバイエルンはプロイセンの専横への牽制勢力になれず、1866年ドイツ連邦は、宰相ビスマルク率いるプロイセンの意のまま、ハプスブルクのオーストリアとの戦争に突入する。戦争には圧勝するが、ルートヴィヒの関心はワーグナーの楽劇の世界であり、ローエングリンやタンホイザーの実現だった。そして、1869年ノイシュバンシュタイン城が着工される。一方、プロイセンの野望はフランスにも戦いを挑み、ナポレオン3世までも叩きのめしドイツ帝国を成立させる。だが、ルートヴィヒは相も変わらず夢の世界の徘徊だった。
周到な外交による戦略と国民軍によって構成された軍隊による近代戦の時代に変わっているのに、時代錯誤でしかない城の建設への巨額の国庫の支出には財務官は頭を痛めたことだろう。これがバイエルンの衰退を早め、ルートヴィヒは禁治産者宣告され幽閉される。ノイシュバンシュタイン城も取り壊しが検討されたが地元の民衆の反対で残された。今、これがバイエルン州の莫大な観光収入になっているのは、皮肉と言うか、先見の明というか大いに考えさせられることだ。また、プロイセンの戦争が残したものとバイエルンの道楽が残したもの、ともに巨費と犠牲のもとでのことだが、比較は難しいが考える価値がありそうだ。


バスを降りて、裏山のマリオン橋からノイシュバンシュタイン城を眺望する。ここから見ることができれば、今日の旅の使命は終わったことになる。


城の左右を見れば、険しい山の中。工事は難航を極めたのだろう。左側の城はルートヴィヒが北欧神話を夢見て育ったホーエンシュバンガウ城。


山道を登り城が大きく見えてくる。遠くからの方が良かったような気がする。近くで見ると、怒られそうだが目黒エンペラーという雰囲気だ。


中に入ると、残念ながら撮影禁止。外は白亜だったが、中は金ピカ、それも安っぽかった。どうもルートヴィヒの趣味が理解できなかった。

昼食を摂ったレストラン。ノイシュバンシュタイン城の麓だが、意外と美味しかった。ただし、ドイツにしてはだが。お魚のお料理が出てきて、しかも海の魚だった。雨で体が冷えていたので、温かいコーヒーが一番のご馳走だった。



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